高血圧
現在、高血圧有病者は約4,300万人と推計され、その中で治療を受けている患者は2,450万人となります。その中で血圧のコントロールが不良の方は1250万人といわれています。
日本高血圧学会は、高血圧治療ガイドライン2019を発表しました、主な変更点は次のとおりとなります。
- 診察室血圧<120/80mmHgを正常血圧と定義
- 65~74歳の降圧目標を130/80mmHg以下に引き下げしました。
- 75歳以上の降圧目標を140/90mmHg以下に引き下げしました。
1. 診断
正常血圧 | 診察室 120/80mmHg以下 |
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家庭血圧 115/75mmHg以下 | |
高血圧基準 | 診察室 140/90mmHg以上で高血圧と診断 |
家庭血圧 135/85mmHg以上で高血圧と診断 |
2. 二次性高血圧の除外
二次性高血圧は、特定の原因による高血圧で、治療抵抗性を呈することが多く、全高血圧患者の10%にものぼります。
次のような場合には、二次性高血圧が疑われるので、スクリーニングを行います。
- 若年発症の重症高血圧
- 治療抵抗性高血圧
- 良好だった血圧管理が難しくなった高血圧
- 急に発症した高血圧
- 血圧値に比較して臓器障害が強い高血圧
<二次性高血圧のスクリーニング検査項目>
- 血漿レニン、血漿アンドステロン
- 血中カテコールアミン、尿中カテコールアミン、代謝産物
- 血中ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)、free T4、PTH(副甲状腺ホルモン)血清Ca、血清P
※ 降圧服用中のスクリーニング時の注意
- レニン‐アンジオテンシン系:ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)/ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬、利尿薬、β遮断薬は2週間中止。
- MR(ミネラルコルチコイド受容体)拮抗薬は4週間中止。
- カテコールアミン系:β遮断薬・α遮断薬により影響を受ける可能性あり。
- ACTHやコルチゾールの測定には影響を与えない。
3. 予後影響因子の評価
▼ 脳心血管病の危険因子は下記のとおりです。
- 高齢(65歳以上)
- 男性
- 喫煙
- 脂質異常症
- 肥満(BMI≧25kg/m2)
- 若年(<50歳)発症の脳心血管病の家族歴
- 糖尿病
▼ 高血圧による臓器障害は下記のとおりです。
- 脳に対しては、脳出血、脳梗塞、一過性脳虚血発作
- 心臓に対しては、左室肥大、狭心症、心筋梗塞、冠動脈再建術後、心不全、非弁膜症性心房細動
- 腎臓に対しては、蛋白尿、eGFR低値、慢性腎臓病(CKD)
- 血管に対しては、大血管疾患、末梢動脈疾患、動脈硬化性プラーク
- 眼底に対しては、高血圧性網膜症を誘発する
4. 生活習慣の修正
- 食塩制限 6g/日以下を目標
- 野菜・果物の積極的摂取
- 適正体重の維持:BMI25以下を目標
- 運動としては低強度の有酸素運動30分/日以上 または180分/週以上を目標
- アルコールは、エタノール換算で男性≦20~30mL/日、女性≦10~20mL/日を目標
- 禁煙
5. 降圧目標
- 75歳未満の成人、脳血管障害、冠動脈疾患、腎機能障害(尿蛋白陽性)、糖尿病、抗血栓薬服用中の場合
診察室血圧 130/80以下 、家庭血圧 125/75mmHg以下を目標とします。 - 75歳以上、脳血管障害(未評価)、腎機能障害(尿蛋白陰性)の場合
診察室血圧 140/90以下 家庭血圧 135/85mmHg以下を目標とします。
6. 治療薬
カルシュウム拮抗薬、ARBもしくはACE阻害薬、利尿剤を中心とした単剤投与。
効果が不十分な場は2剤併用し、さらにコントロールが悪ければ3剤併用となります。
他にアルドステロン拮抗薬、α遮断薬等を併用する場合もあります。
(積極的適応)
左室肥大、頻脈、狭心症、蛋白尿の無い腎機能障害がある場合はカルシュウム拮抗薬を選択
左室肥大、左室駆出率の低下した心不全、心筋梗塞後、蛋白尿を伴う腎機能障害、糖尿病がある場合では ACE阻害薬もしくはARBを選択
左室駆出率の低下した心不全、蛋白尿のない腎機能障害がある場合では利尿剤を選択
左室駆出率の低下した心不全、頻脈、狭心症、心筋梗塞後がある場合ではβブロッカーを選択します。
不整脈
不整脈とは、病気の名前ではなく「心臓のリズム異常」の状態の総称のことをさします。
健康な成人で不整脈がまったく無い人はいない、と言ってもよいほど一般的な状態でもあります。例えば好きな人の前でドキドキ動悸がする状態、これは病気ではなく生理的なものです。
不整脈には、大きく分けて次の3つがあります。
- 脈がとぶ:期外収縮(心房性期外収縮、心室性期外収縮)
- 脈が速くなる:頻脈(洞不全症候群、房室ブロック)
- 脈が遅くなる:徐脈(心房頻拍、心房細動(粗動)、発作性上室性頻拍、心室頻拍、心室細動、WPW症候群)
狭心症や心筋梗塞は、酸素を供給する血管が詰まることで起きる血管の病気ですが、一方で不整脈は心臓のリズムを取る電気系統の不具合で起きる別の病気です。
不整脈の原因としては、年齢に伴うものや体質的なもの、つまりは心臓病には関係しないものになります。
誰もが加齢により不整脈は少しずつ増えていき、1~2日間の心電図を記録すれば中年以上では毎日1~2個の不整脈が見つかります。ストレス、不眠、過労などでも不整脈は起こりやすくなります。
この不整脈は、病気とは関係のない不整脈であることがほとんどです。
ただし、不整脈がある場合には何がその原因なのか、心臓病が隠れていないかなどを、最低一度は医療機関で検査をしてもらった方がよいでしょう。
治療が必要な怖い不整脈
放置しますと心不全や脳梗塞などを引き起こす不整脈もあります。次のような場合には、すぐに医療機関を受診しましょう。
- 急に意識が遠のく、失神する
- 脈拍40bpm以下で強い息切れを感じる
- 脈拍数120bpm以上で突然動悸が始まり、突然止まる
- 血圧が下がり脈が触れにくくなり、同時に息苦しくなって冷や汗が出る
- 脈拍がバラバラでしかも早く打つ
不整脈の中には原因がわからず、ストレスが誘因になっているケースがあります。もし、軽い不整脈を繰り返すようであれば、体がストレスを感じており注意信号を発している可能性があるのです。
- 規則正しく、バランスの良い食事を取る
- 睡眠不足になっていないか
- 休みはきちんと取っているか
以上の点に注意して、生活習慣を見直すようにしましょう。
狭心症・心筋梗塞
狭心症
<病態生理>
狭心症は冠動脈スパスムや動脈硬化性プラーク等により冠動脈内腔が狭くなることから冠動脈血流低下に伴う心筋への酸素供給が減少する病態である。典型的な労作性狭心症は労作時に心拍数や血圧が上昇し、酸素需要が上昇すると需要供給のバランスが崩れ痛みなどの胸部症状を訴える
<治療>
狭心症の薬物治療目標は心仕事量を減らして心筋の酸素需要を減少させること、冠動脈を拡張して心筋の血液すなわち酸素供給を増加させることである。この目的のために硝酸薬、β遮断薬(冠動脈攣縮性狭心症では禁忌)、カルシュウム拮抗薬、冠血管拡張薬(ニコランジル)等などがある。
それとともに冠動脈硬化病変の進行抑制と心血管障害を抑制するために抗血小板薬、脂質代謝異常治療を用いる
冠動脈攣縮性狭心症は冠動脈が攣縮するため一時的に高度の狭窄をおこし心筋への十分な血液・酸素供給が行えなくなったためにおこる。発作は夜間から早期にかけて安静時に出現することが多い。
冠動脈攣縮性狭心症の発作時は即効性の硝酸薬による冠動脈の拡張が必要である。発作予防にはカルシュウム拮抗薬が有効である。β遮断薬は禁忌である。カルシュウム拮抗薬で効果が乏しいときは硝酸薬やニコランジル(シグマート)やスタチンの併用も行う。
心筋梗塞
<病態生理>
急性心筋梗塞とは冠動脈の内腔が完全に閉塞してしまい、血流が一定期間途絶してしまったことにより、その先に還流される領域の心筋細胞が壊死をおこしてしまった病態をいう。冠動脈プラークの破綻と血栓形成が病態の中心である。急性心筋梗塞の治療目標は救命と心筋保護である。通常は心筋梗塞発症後6時間以内であれば再疎通により心筋壊死を予防できる可能性が高い。
<治療>
急性期を脱した慢性期の心筋梗塞に対しての治療方針は生命予後の改善で、アスピリンやACE阻害薬、ARB、β遮断薬、スタチン等を用いる。
心筋梗塞後、心不全、低心機能では洞調律維持のため抗不整脈治療としてはアミオダロンを優先する。
<硝酸薬>
<作用機序>
血管平滑筋を弛緩させる
- 1冠動脈を拡張させて冠血流量を増加させる、冠攣縮にも効果がある。
- 2全身の動脈を拡張させて血圧が低下することで心臓への後負荷軽減により心仕事量を減少させる。
- 3全身の静脈を拡張し、血液を末梢に留めて心臓の静脈還流量を減らすことから(前負荷軽減)、心室容積を縮小し、心仕事量を減少させる。
<投与禁忌>
低血圧、ショック、閉塞隅角緑内障、脳出血等
<副作用>
頭痛、血圧低下(めまい)、動悸(頻脈)、肝機能障害、
<使用>
狭心症発作には即効性のニトログリセリンや硝酸薬の舌下投与、静脈注射が有効である。
ニトログリセリンは経口投与すると肝臓で代謝を受けてしまうので舌下や経皮、静脈注射が有用しかし一硝酸イソソルビド(アイトロール)は肝臓初回通過代謝を受けにくく、半減期が長い。
しかし長時間投与ではタイセイが生じるため硝酸薬の消失する間欠時間が必要である。
心筋梗塞慢性期における二次予防としての硝酸薬長期の有効性はエビデンスがない。
急性心筋梗塞でも硝酸薬のルーチン投与は推奨されていない。
冠動脈攣縮では カルシュウム拮抗薬が主体であるが、硝酸薬やニコランジル(シグマート)の併用も行われる
<β遮断薬>
<作用>
β―遮断薬は心拍数と血圧、心筋収縮力を低下させ、心臓の仕事量を減らし心筋酸素需要をさげる。
また心筋梗塞では交感神経活性の抑制から心筋のリモデリング予防と心不全予防の効果をしめす。
<禁忌>
低血圧、気管支喘息、高度な徐脈、非代償性心不全、冠動脈攣縮
慎重投与:房室ブロック等がある
<使用>
〇β遮断薬は心筋梗塞の急性期治療としてだけではなく、心筋梗塞の再発にも有効でありかつ長期予後すなわち虚血イベント、致死性不整脈、左室機能不全による心不全といった因子によって規定されるがβ遮断薬はこれらの因子に有効である。
〇B2遮断薬は気管支攣縮を引き起こす作用があるため非選択的β遮断薬は気管支喘息やCOPDの病態を悪化させるので、使用するのであれば心臓に存在するβ1受容体の選択性が高いβ1遮断薬を使用する(テノーミン、メインテート、ケルロング、セロケン等)
〇多くのβ遮断薬は脂溶性で肝臓代謝をうける
〇高齢者では洞結節や房室結節などの刺激伝導系の機能が低下しておりβ遮断作用が強く出て徐脈や房室ブロックを誘発することがあるので心電図は定期的に実施する。また陰性変力作用が強く出るため心機能低下を誘発し心不全をおこすことがある。
〇狭心症治療においてβ遮断薬、抗狭心症薬の突然の中止は狭心症の悪化をまねく
〇十分な効果が得られない場合は硝酸薬やニコランジル(シグマート)の併用を行う
<カルシュウム拮抗薬>
冠動脈を弛緩させて心筋の血流還流を増加させる。また動脈の拡張もおこすことで後負荷軽減に働いて心仕事量を軽減させる。血圧を低下せせることで抗狭心症作用をしめす。
<使用>
〇冠攣縮に対して強力な予防効果がある。
〇β遮断薬が禁忌または忍容性がない虚血性心疾患(低心機能、うっ血性心不全、房室ブロックがない状態)に対する心筋虚血軽減目的に有効
〇頻脈性心房細動合併時の脈拍コントロールを目的としてベラパミル(ワソラン)、ジルチアゼム(ヘルベッサー)は有用
〇頻脈傾向にある場合はジルチアゼム(ヘルベッサー)が有用
〇徐脈傾向がある場合はジヒドロピリジン系カルシュウム拮抗薬:(アムロジン)を使用する。
〇ベラパミル(ワソラン)は徐脈作用や心抑制が強いが血管作用は弱いので単独で抗強心薬に用いられない。
〇ジヒドロピリジン系カルシュウム拮抗薬にジルチアゼム(ヘルベッサー)を使用すると、ジヒドロピリジン系の血中濃度上昇し相乗効果が期待できる。
〇硝酸薬やニコランジル(シグマート)を併用する。
<抗血小板薬>
急性冠症候群では冠動脈プラークの破綻とそれに続く血小板凝集による血栓形成による冠動脈閉塞が主病態であり抗血小板薬による抗血栓治療が重要である。
表1 主な抗血小板薬の特徴
アスピリン | チクロジピン | クロピドグレル | プラスグレル | チカグレロル | シロスタゾール | |
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保険適用 | ・狭心症(慢性安定狭心症、不安定狭心症) ・心筋梗塞 ・虚血性脳血管障害(一過性脳虚血発作、脳梗塞) ・冠動脈バイパス術(あるいはPCI施行後)川崎病 |
・慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍、疼痛および冷感などの虚血性諸症状 ・虚血性脳血管障害(一過性脳虚血発作、脳梗塞) ・血管手術および血液体外循環に伴う血栓・塞栓ならびに血流障害 |
・PCIが適用される急性冠症候群、安定狭心症、陳旧性心筋梗塞 ・虚血性脳血管障害(心原生脳塞栓症を除く) ・抹消動脈疾患 |
・PCIが適用される急性冠症候群、安定狭心症、陳旧性心筋梗塞 | ・急性冠症候群 ・陳旧性心筋梗塞(65歳以上、薬物療法を必要とする糖尿病、2回以上の心筋梗塞の既往、血管造影で確認された多枝病変を有する冠動脈疾患、または末期でない慢性の腎機能障害) |
・慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍、疼痛および冷感などの虚血性諸症状 ・脳梗塞(心原生脳塞栓症を除く) |
1日用量 | 81~100mg分1 | 200~300mg分2 | 75mg分1 PCI時初回300mg |
3.75mg分1 初回20mg |
急性冠症候群:初回180mg,180mg分2 陳旧性心筋梗塞:120mg分2 |
100~200mg分2 |
作用機序 | COX-1阻害 | ADP受容体P2Y12 | ADP受容体P2Y12 | ADP受容体P2Y12 | ADP受容体P2Y12 | PDE III阻害 |
結合 | 不可逆的 | 不可逆的 | 不可逆的 | 不可逆的 | 可逆的 | 可逆的 |
プロドラッグ | 〇 | 〇 | 〇 | |||
代謝酵素 | チトクロムP450-2C19 | チトクロムP450-2C19 | チトクロムP450-3A4 | チトクロムP450-3A4 | チトクロムP450-3A4 2D6,2C19 |
PCI:経皮的冠動脈形成術、COX:シクロオキシゲナーゼ、ADP:アデノシンニリン酸
PDE:ホスホジエステラーゼ、CYP:チトクロムP450
<使用>
〇アスピリンはCOX-1とチクロピリジン(パナルジン)、グロピドグレル(パナルジン)プラスグレル(エフィエント)はADP受容体と不可逆的に結合し抗血小板作用を示すために中止後も、その作用時間は血小板寿命まで有効である
〇チクロピリジン(パナルジン)、クロピトグレル(ブラビックス)プラスグレル(エフィエント)はプロドラッグであり効果発現には3日ほど要する。
〇シロスタゾール(プレタール)は血中濃度依存性に抗血小板作用を示すため、その作用は可逆的で中止後すみやかに効果は消失する。
〇アスピリンアレルギーによる喘息発作、アスピリン胃腸障害を示す場合はシロスタゾール(プレタール)、P2Y12阻害薬(パナルジン(チクロピリジン)、ブラビックス(クロピトグレル)、エフィエント(プラスグレル)プリリンタ(チカグレロル))を使用する。
〇プレタール(シロスタゾール)は血中依存性のために早期効果発現、中止期間短縮したいときは有利である。また心拍数が上昇するため徐脈に人に使いやすい。
〇エフィエント(プラスグレル)はパナルジン(チクロピリジン)やブラビックス(クロピトグレル)よりは湧現効果が早い。ただし適応はPCI適応される急性冠症候群、安定狭心症、陳旧性心筋梗塞に限られる
〇プリリンタ(チカグレロル)はプロドラッグではないのでP2Y12阻害が可逆的なので早期効果発現や中止期間短縮したいときは有用である。ただし適応はPCI適応される急性冠症候群、陳旧性心筋梗塞(アテローム)に限られる
心不全
心不全の定義
なんらかの心臓機能障害、すなわち、心臓に器質的もしくは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難に倦怠感や浮腫が出現し、運動耐容能が低下する状態を言います。
「心不全」は一つの病気の名前ではなく、「心筋梗塞」「弁膜症」「心筋症」など心臓の様々な病気や「高血圧」などで心臓に負担がかかっている状態を指しています。
心不全の原因
- 虚血性心疾患、心筋症、心筋炎
- 高血圧…血液を押し出すときの抵抗が高まり(つまり、後負荷が大きくなり)、その結果血液が出て行かず、心抽出量の抵下とうっ血が起こる病態。
- 肺高血圧…(右)心不全の原因
- 弁膜症
- 先天性心疾患
※ 心不全の診断の難しさ
- 高血圧による心不全は拡張不全の要素も大きいので、診断されにくい。
- 心不全になると血圧は下がってくる。
心不全の病態生理
【左心不全の病態生理】
- 左心系:左室 ➡ 動脈 ➡ 体循環(毛細血管)➡ 静脈 ➡ 右房
- 右心系:右室 ➡ 肺動脈 ➡ 肺循環(毛細血管)➡ 肺静脈 ➡ 左房
左室の不全状態による低心拍出量
血圧は低くなり、手足の血流循環不全が起こります。倦怠感・疲労感の出現、腎血流が低下することで尿量が減少し、水分やNa貯留が生じてうっ血します。
左室の不全状態によるうっ血
左室の後方(左房より後方)には肺循環系があります。肺循環系から心臓へと帰る血液の流れがスムーズではなくなることから肺循環系にうっ血が生じます。
肺循環系に血液がたまると、肺胞内に水があふれ出します。空気が入るべき肺胞内に水が入ってくるため、換気ができない肺胞が出てきます。そのため、換気と血流がミスマッチを起こすのです。
- 換気血流ミスマッチが起こるとA-aDO2開大、つまり低酸素血症になりそれに伴う症状、つまり(労作時、夜間の)呼吸困難、起坐呼吸といった症状が見られます。それにうっ血自体で肺の湿性ラ音が聴取されます。
左心不全症状
- 低心拍出量では、倦怠感・疲労感、意識障害、不穏、記銘力低下、四肢の冷感
- うっ血では、(労作時、夜間の)呼吸困難、頻呼吸、起坐呼吸、湿性ラ音
【右心不全の病態生理】
- 左心系:左室 ➡ 動脈 ➡ 体循環(毛細血管)➡ 静脈 ➡ 右房
- 右心系:右室 ➡ 肺動脈 ➡ 肺循環(毛細血管)➡ 肺静脈 ➡ 左房
右室の不全状態による低心拍出量
右室の先には肺動脈と肺循環があるので、右室の不全状態ということは、右心の拍出量の減少によって肺に血液が行き渡らない状態となります。これは、左心不全と同様に換気と血流のミスマッチを起こし、A-aDO2開大、つまり低酸素血症になります。それに伴う症状、つまり(労作時、夜間の)呼吸困難、起坐呼吸といった症状が生じます。
しかし、このような右心の不全状態が単独で起こることはまれで、左心不全による肺うっ血を伴うことが圧倒的に多いです。左心の障害の方が起きやすいことと、右心系の圧が比較的低圧であることによります。
呼吸困難はうっ血で起こります。酸素化はできるのに、その酸素の運搬障害なので、呼吸困難よりむしろ、組織そのものの疲労感が現れやすいのです。
右室の不全状態によるうっ血
右室の後方には体循環系があります。体循環系から心臓に帰る血液の流れがスムーズでなくなることから、体循環系にうっ血が生じます。体循環系に血液がたまりますと、全身の臓器、末梢に水があふれ出してきます。うっ血の影響が出やすい臓器は肝臓であることから、肝のうっ血、腫大がみられます。
また、末梢に水があふれ出してくる所見としまして、全身の浮腫、静脈系の拡大・拡張・圧の上昇などがみられます。全身の浮腫に伴い、体重増加もみられるようになります。消化管のうっ血では食思低下、嘔気などの消化器症状も出現します。
右心不全の症状
- 低心拍出量では、(労作時、夜間の)呼吸困難、頻呼吸、起坐呼吸
- うっ血では、全身の浮腫、静脈系の拡大・拡張、肝のうっ血と腫大、消化器症状、肝胆道系酵素の上昇
うっ血
心臓ポンプの機能の失調によって、ポンプの先では低心拍出量・循環不全が起き、ポンプの手前ではうっ血が起きています
肺でうっ血
肺(肺静脈)がうっ血をきたすと、2つの現象が発症します。
- 1静脈の拡張が起こる
- 静脈の拡張は、胸部X線写真で肺紋理の増強やカーリーB線などのように、線が太くなる現象として現れてきます。
- 2血管外に血液中の水分がしみ出してきます。
- すると次のようなことが起こります。
a. 肺胞壁内に水分がたまり、壁がむくむ(間質水腫)
b. 肺胞腔内に水分がたまる(肺胞水腫)
c. 肺の外(胸腔内)に水分がたまる(胸水)
aとbを合わせて肺水腫といいます。肺水腫は肺内(肺胞壁+肺胞腔)の水、胸水は肺外の水です。通常、心不全のときにはこれらが同時に起こります。
心不全の症状・所見
左心不全の自覚症状 | (労作時、夜間の)呼吸困難、頻呼吸、起坐呼吸 |
---|---|
左心不全の身体所見 | 水泡音(湿性ラ音、coarse crackles)、喘鳴、ピンク色の泡沫状痰、 III音(やIV音)の聴取 |
右心不全の自覚症状 | 右季肋部痛、食欲不振、腹満感、心高部不快感 |
---|---|
右心不全の身体所見 | 全身の浮腫、静脈系の拡大・拡張、肝のうっ血と腫大、消化器症状 |
低心拍出量による自覚症状と身体所見
自覚症状 | 倦怠感・疲労感、意識障害、不穏、記銘力低下 |
---|---|
身体所見 | 冷汗、四肢冷感、チアノーゼ、低血圧、乏尿、身の置き場がない様相 |
BNPで35~40pg/mL あるいはNT-proBNPで125pg/mL以上の値を認め、心不全の可能性が考えられる場合、心エコーを行います。
心不全の診断(Framingham基準)
心不全の診断では、自覚症状、既往歴、家族歴、身体所見の確認、そこに心電図や胸部X線の検査を行います。
自覚症状では、
- 労作時の息切れ
- 起坐呼吸
- 発作性の夜間呼吸困難
既往歴は、心不全の発症するリスク因子
- 高血圧
- 糖尿病
- 冠動脈疾患の既往
- 心毒性のある薬剤による化学療法歴
- 放射線治療歴
- 利尿薬の使用歴など
遺伝性疾患の有無、特に心疾患の家族歴
Framingham基準
大基準 | ・夜間の発作性呼吸困難 ・頚静脈の怒張 ・ラ音 ・胸部X線写真における心拡大 ・急性肺水腫 ・III音ギャロップ ・中心静脈圧上昇(>16cmH2O) ・循環時間延長(≧25秒) ・肝頚静脈逆流 剖検での肺水腫、内臓うっ血や心拡大 |
---|---|
大または小基準 | ・治療に反応して5日間で4.5kg以上の体重減少 |
小基準 | ・両足首の浮腫 ・夜間の咳嗽 ・労作性呼吸困難 ・肝腫大 ・胸水 ・肺活量の低下(最大の1/3以下) ・頻脈(≧120 bpm) |
※ III音ギャロップと頚静脈の拡張は特異度が高く有用
心不全の分類
左室収縮能による分類
左室の収縮能≒左室駆出率(LVEF)
○ HFrEF(ヘフレフ:heart failure with reduced ejection fraction):LVEFの低下した心不全
- 収縮不全、LVEF < 40%
○ HFpEF(ヘフペフ:heart failure with preserved ejection fraction):LVEFの保たれた心不全
- LVEF ≧ 50%と、収縮能が保たれているもの
- 拡張不全、LVEFは保たれているものの、拡張期に左室が充分拡張せず、その結果血液が充分入らなく、入らないから出ていかない。という状態で心拍出量が低下する。
○ HFmrEF(heart failure with midrange ejection fraction):LVEFが軽度低下した心不全
- これまでの分類はHFrEFとHFpEFであったのを、LVEFが40~50%未満のものをカテゴリー分けしたミッドレンジの状態
心不全治療
HFrEFの治療の場合
- ACE阻害薬/ARB
- β遮断薬
- ミネラルコルチコイド受容体桔抗薬(MRA)
- 利尿薬
- ジギタリス
- 血管拡張薬
- 運動療法等
<詳記>
※ACE阻害薬、ARBについて
心不全患者ではレニン-アンジオテンシン系が活性化されており、それによって臓器障害(心肥大やリモデリング)が生じます、その悪循環を断ち切ることで予後を改善します。心不全の急性期であっても、血管を拡張させて後負荷を軽減する、加えて亢進したレニン‐アンジオテンシン系を落ち着かせることが有効です。
※アルドロステロン拮抗薬について
レニン-アンジオテンシン系の最終産物である、アルドステロンに対する桔抗薬です。
※ β遮断薬について
レニン-アンジオテンシン系とは別に、交感神経系の過緊張が予後に大きく関連します。心不全の患者においては、頻脈や末梢血管収縮、それに伴う四肢の冷感、腎血流の低下による尿量減少などがみられます。こういう症候は、循環不全状態に対して対症的に交感神経系が緊張している状態で、ただブロックすればいいというものではありません。下手にブロックしますと心不全の悪化がみられます。これにより慢性心不全患者に対してβ遮新薬を投与する際には、少量から、血圧や症状に十分注意を払って慎重に開始します。
但し、エビデンスがあり日本で使用できる薬が、カルベジロール(アーチスト)とビソフロロール(メインテート)の2剤のみとなります。
※ ジギタリスと利尿薬
利尿薬(特にループ系)は予後を改善させるというデータに乏しく、ジギタリスも、収縮不全の病態において収縮力を上げます。実際、短期的には症状改善につながりますが、長期予後に関してのエビデンスが弱いところがありますが、有効性は十分にあります。