貧血
貧血の定義
貧血とは、「単位容積の血液中に含まれているヘモグロビン(Hb)量が基準値より減少した状態」と定義、基準値を、小児および妊婦では血液100mLあたり11g未満、思春期および成人女性では12g未満、成人男性では13g未満と定めている。
貧血の症状
- ヘモグロビンは組織に酸素を運ぶ働きをしており、貧血の症状としては酸素需要と供給のバランスを補うため、心拍数や心拍出量の増加、呼吸数の増加などがバイタルサインの変化として現れる。重要臓器の血流を担保するために末梢血管は収縮し、四肢の冷感なども認める。貧血では皮膚や眼瞼結膜が蒼白になる。
- 急性の貧血(消化管出血などによる急激なヘモグロビンの低下)であれば症状として現れやすいが、慢性に進行する貧血に関しては体が貧血の状態に慣れてしまい、心拍数など明らかな変化を認めないこともある。
貧血の鑑別に必要な検査
- 貧血の診断には赤血球数、ヘモグロビン(Hb)値、ヘマトクリット(Ht)値、平均赤血球容積(mean corpuscular volume;MCV)、平均赤血球ヘモグロビン温度(mean corpuscular hemoglobin concentration;MCHC)を用いた分類が用いられる。
- ただ、複数の要囚が関与した貧血、例えば鉄欠乏性貧血と巨赤芽球性貧血が合併している場合は、数値としてMCVが正球性を示すこともあり、総合的に判断する必要がある。
- 網状赤血球は骨髄から末梢血中に放出された新しい赤血球であり、網状赤血球の増加は骨髄での赤血球造血が盛んに行われていることを示す。溶血性貧血など破壊が亢進されていると網状赤血球は増加し、逆に貧血があるのに網状赤血球が増加していない場合は、骨髄での造血障害が考えられる。
- 鉄はヘモグロビン(Hb)の合成に必須な元素である。鉄代謝のマーカーとしては血清鉄(Fe)、血清フェリチン、総鉄結合能(total iron binding capacity;TIBC)、不飽和鉄結合能(unsaturated iron binding capacity;UIBC)が指標となる。血清フェリチンは「貯蔵鉄」とも呼ばれ、体内での鉄欠乏や鉄過剰の診断に用いられるが、一方で炎症などのほかの要因によっても上昇することが知られている。
- 鉄欠乏性貧血では、小球性貧血の形態を呈し、血清鉄(Fe),血清フェリチンが低下し、UIBC,TIBCが上昇するというのが原則である。
- ビタミンB12や葉酸はDNAの合成に関わっており、これらの欠乏によって細胞質の成熟に比べて核の成熟が遅延し、巨赤芽球や過分葉好中球が出現する(巨赤芽球性貧血)。形態的には大球性貧血の形をとる。DNA合成が障害された血球は骨髄で破壊され、汎血球減少を呈する。
【赤血球形態による貧血の種類】
赤血球の大きさ | 疾患 |
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小球性(MCV < 80fL) | 鉄欠乏性貧血 遺伝性球状赤血球症 鉄芽球性貧血 サラセミア |
正球性(MCV 80~100 fL) | 溶血性貧血 再生不良性貧血 腎性貧血 骨髄異形成症候群 白血病 |
大球性(MCV > 100 fL) | 巨赤芽球性貧血 骨髄異形成症候群 溶血性貧血 甲状腺機能低下症 |
鉄欠乏性貧血と巨赤芽球性貧血の臨床像と方針
- 1鉄欠乏性貧血
- 鉄欠乏性貧血は最も頻度の高い貧血であり、日常診療で診る貧血の約7割程度を占める。
- 鉄は上部小腸から吸収され,1日の消化管からの吸収量は1~2mgとされている。また、体内総鉄貯蔵量は3~5gで、約6~7割がHbの中に存在するため、鉄欠乏を来すと貧血という症状が出てくることになる。
- 赤血球の寿命は約120日であり、寿命を迎えた赤血球は主に脾臓の網内系マクロファージによって破壊される。その過程でマクロファージは赤血球から鉄を得るが、この鉄を体外へ捨てず、再び血管内に戻すことで再利用している。
- 本来、鉄は排出経路がほとんどないため体外への喪失は起こりにくいはずであるが、さまざまな出血によって、鉄を多く含む赤血球が体外に喪失してしまうことで鉄欠乏が生じてくる。そのため、鉄欠乏性貧血といっても決して単一の病態ではなく、鉄欠乏を来している原因を検索することが重要である。
- 鉄剤を開始すると、まず網状赤血球が数日で増加し、7~10日でピークに達する。次にHbが1~2週間で増加し6~8週間で正常化する。この段階では貯蔵鉄を示す血清フェリチンは低値であり、3~4ヵ月ほど経過してから正常化する場合が多い。
- 鉄補充の目安は血清フェリチンの正常化であり、貧血が改善してもすぐに鉄剤を中止してはならない。また、鉄欠乏を来す原因が取り除かれていなければ再発するため、その後も継続管理が必要となる。
- 2巨赤芽球性貧血
- 巨赤芽球性貧血は、細胞のDNA合成に必要なビタミンB12や葉酸が欠乏した状態で、大球性貧血を呈する。また、赤血球のみでなく、ほかの血球系の合成も阻害するため汎血球減少を呈する。
- ビタミンB12は赤芽球生成のほか、上皮細胞、胃粘膜、神経細胞の成長にも関係しており、悪性貧血では舌炎(Hunter舌炎)、悪心などの消化器症状のほかに、四肢のしびれ、知覚異常、筋力低下などの神経症状、白髪といった多彩な症状が出現する。
鉄剤治療
- 1処方の実際
- 基本的に、鉄剤の補充は経口鉄剤によって行う。経口鉄剤に不耐用、もしくは効果不十分な場合に静注鉄剤を選択する。。
- 高度の貧血(Hb 7g/dL以下)や臨床症状がある場合は、鉄として200mgを連日内服、ある程度貧血症状が安定してきたら50~100mgを内服、処方開始時は2~4週以内に一度血液検査を行い、鉄剤内服の反応性をみる。
日本で使用可能な鉄剤
剤形 一般名 商品名 鉄含有 処方例 経口用 クエン酸第一鉄ナトリウム フェロミア 50mg/錠 2~4錠/日 硫酸鉄(徐放製剤) フェロ・グラデュメット
テツクール105mg/錠
100mg/錠1~2錠/日
1~2錠/日フマル酸第一鉄(徐放製剤) フェルム 100mg/錠 1カプセル/日 ピロリン酸第二鉄 インクレミン 6mg/mL 1歳未満:2~4mL/日
1~5歳 :3~10mL/日
6~15歳:10~15mL/日静注用 含糖酸化鉄 フェジン 40mg/2mL 40~120mg/日 - 2ウイークポイント
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- 経口鉄剤の有害反応としては消化器症状が最も多い。
- 具体的には悪心、腹痛、便秘、下痢などである。
- 肝機能障害などを認める場合は、投与を中止する。
- 3処方の注意点
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- お茶などにたまれるタンニン、制酸薬、テトラサイクリン系の抗菌薬やナッツ類の過剰摂取は、鉄の吸収を妨げるので併用を避ける。
- ビタミンC(アスコルビン酸)を一緒に服用すると、鉄の吸収が促進する。
- 4静注剤の選択
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- 消化器症状の有害反応が制御できないとき、内服では鉄の吸収が十分でないときなどには、静脈注射で鉄を補充する。静脈投与では鉄が体内に蓄積されやすく,鉄過剰状態となる可能性があるため、治療開始前にあらかじめ鉄の必要量を計算し 過剰投与にならないように治療する。
- 総鉄必要量(mg)を求めるには、以下のような計算式が使用される。
例1:[2.2(16-Hb値)+10]×体重(kg)
例2:(15-Hb値)×体重(kg)×3
ビタミンB12製剤
ビタミンB12欠乏の治療と処方の実際
- 筋肉注射による投与が必要
- 週に1~3回程度、500~1,000μgを投与
葉酸
処方前確認
・ビタミンB12欠乏と葉酸欠乏の両方を認める状態に葉酸単剤だけを投与すると、神経症状の増悪を招くことがあり、必ずビタミンB12の補充も行う必要がある。
処方後確認
・ビタミンB12や葉酸の補充で赤血球の造血が活発になることで、相対的に鉄欠乏を引き起こすことがあり、血清フェリチンなど鉄代謝マーカーのモニタリングは必要である。
- 処方としては、葉酸1~5mgを1~数カ月問、連日内服する。
薬剤による貧血に注意
投与薬剤による副作用での貧血もあるので注意する
<巨赤芽球性貧血の原因となりうる主要な薬物>
1. プリン代謝に影響する薬物
抗悪性腫瘍薬、アプリノールなど
2. ピリミジン代謝に影響する薬物
抗悪性腫瘍薬
3. 葉酸の吸収を阻害する薬物
経口避妊薬、抗菌薬
4. 葉酸アナログ活性をもつ薬物
抗悪性腫瘍薬
5. ビタミンB12の吸収を阻害する薬物
PPI、H2ブロッカーなど
6. ビタミンB12の排出を促進する薬物
7. ビタミンB12を破壊する薬物